パイプブランド
ハッソ・バウディス
北ドイツで1977年から1983年までのわずか5年間だけパイプを製作し、その短い期間に独創的な造形で名を上げながら突如として舞台を去ったドイツ人職人の項目。
ハッソ・バウディスは、1970年代末に北ドイツで知られるようになったドイツ人職人で、フルタイムのパイプ製作をわずか5年ほど続けた後、この仕事を完全にやめた。経歴の短さにもかかわらず、その名は西ドイツで当時形成されつつあった若手職人世代を語る際に今なお言及される。
工房の短い生涯
生産は1977年、バウディスがまだ大学生だった頃に始まったとされる。彼のパイプが最初にハンブルクのタバコ店で販売されたと伝えられるが、この詳細はパイプ愛好家コミュニティ自身の伝承にのみ依拠している。知名度の上昇に伴い、ダンヒルやスタンウェルなどのブランドのドイツ流通を担っていたTuxedo社との協力関係が結ばれたとされる。この協業と、1981年のドイツのパイプ雑誌に掲載されたとされる紹介記事は、独立した資料では確認されていない。
工房は1983年に閉鎖された。バウディスはオルデンブルクの作業台を、彼からパイプ製作を学んだ建築家兼デザイナーのロベルト・メヴィスに譲り、自身は本来の職業である建築に戻った。メヴィスは1980年代末まで生産を続けた後、彼もまた同じ選択をして建築へと転じた。バウディスがこれほど早く身を引いた理由は一度も説明されていない。
造形と仕事ぶり
記事の続きはアプリで
ISPE のすべては IPC アカウントで開けます。
関連記事
最終更新:
出典:Pipedia(CC BY-SA ライセンスに基づき翻案)