パイプブランド
マクラリー: 二つの時代にまたがるアメリカのパイプ工房
デイヴ・マクラリーが1960年代半ばにビル・ミンサーのもとで身につけたパイプ作りを、長い本業生活を経たのちインディアナ州で再興した一人工房。
マクラリーは、アメリカ人パイプ職人デイヴ・マクラリーが自らの名で営む一人工房の名称である。工場やブランドではなく、二つの異なる時代にまたがって成立した個人的な営みである。1960年代半ばに始まった製作は数十年にわたって中断されたが、マクラリーが本業を退いたのちに再び活発化した。
第二の時代のパイプは、インディアナ州インゴールズの町にちなむ「マクラリー・オブ・インゴールズ」の刻印で知られることが多い。
ミンサー系統から受けた教え
マクラリーの師はビル・ミンサーである。この名はアメリカのパイプ史においてけっして偶然の存在ではない。ビル・ミンサーは、1930年代にカスタム・ビルトブランドを興したトレイシー・ミンサーの息子である。父ミンサーの没後もインディアナポリスの工場は稼働を続け、工房長はクロード・スチュワートが務めていた。若きマクラリーもここに頻繁に出入りする一人だった。
当初は作業が分担されていたことが記録に残っている。マクラリーがブライヤーの材を調達し、火皿の穴あけやステムのシャンクへの接合といった繊細な工程はミンサーが担っていた。この分業は長くは続かず、マクラリーはまもなく全工程を自分の工房でこなせるようになり、まずは身近な人々に作品を渡していった。その後インディアナポリスとインディアナ州アンダーソンの店、さらにセントルイスのパイプ専門店も彼のパイプを扱うようになった。
間に挟まれた四十年
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出典:Pipedia(CC BY-SA ライセンスに基づき翻案)