パイプブランド
Paul Jeantet SA
1905年から1906年にかけてサン=クロードで設立され、フランスのパイプ産業をドイツ製エボナイト輸入への依存から解放したマウスピース工場。現在もJeantet elastomeresとしてゴム産業で存続している。
Paul Jeantet SAは、フランスのパイプの都サン=クロードに設立されたエボナイト製マウスピース工場である。パイプそのものを作る工房ではなく、パイプメーカーに部品を供給する産業事業者である点で異彩を放つ。20世紀初頭、フランスの製造業者がドイツから輸入せざるを得なかったマウスピースを国内生産へと転換する目的で誕生した。
ドイツ製輸入品に対抗して設立された工場
19世紀末、サン=クロードはブライヤーパイプの世界的中心地であったが、パイプのマウスピースだけはこの構図の外にあった。当時の記録によれば、街で使われるマウスピースのほぼすべてがドイツの工場から供給されていた。この依存を断ち切るため、1905年から1906年にかけてフォーブール・デ・ムーラン地区にエボナイト製マウスピースの製造施設が建設された。事業は1908年から資金難に陥り、パイプ製造業者レイモン・ジャンテの息子ポール・ジャンテによって引き継がれた。こうして名門ジャンテ家は、パイプ本体に続いてマウスピース事業にも進出することになった。
ポール・ジャンテは事業を「Manufacture de Caoutchouc et d'Ebonite Paul Jeantet-Morard et Cie」の名で再編した。工場は第一次世界大戦中も軍需生産に携わり、戦後は急速に拡大した。当時の記録によれば、1920年代には1日あたりのマウスピース生産量が12万個前後に達したという。この規模は、シャコムやブッツ・ショカンといったサン=クロードの名門メーカーのマウスピース調達を国内で賄うのに十分なものだった。
エボナイトから工業用ゴムへ
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出典:Pipedia(CC BY-SA ライセンスに基づき翻案)