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歴史と文化

オスマン帝国のチュブク文化

長い柄を持つ喫煙具チュブクがオスマン社会で果たした役割。禁煙の時代からコーヒーハウスでの嗜みへ、もてなしの慣習からチュブク職人の同業組合へと続く、二百年を超える文化史。

オスマン帝国のチュブク文化とは、17世紀から19世紀末にかけてオスマン社会において、長い柄を持つ喫煙具チュブクを中心に形成された、喫煙・もてなし・身分表現に関わる諸慣習の総体を指す。

チュブクは単なる喫煙具ではなく、コーヒーハウスでの談笑や邸宅での客のもてなしに欠かせないものであり、宮廷においては見栄と威信を示す道具でもあった。器具そのものの形状と各部品についてはチュブク(chibouk)の項目で扱い、本項ではパイプの世界史の中で独自の位置を占めるこの嗜みの文化の社会的側面を述べる。

禁止から嗜みへ

タバコがオスマン領に到達したのは16世紀末から17世紀初頭にかけてであり、この最初の出会いと厳しい禁止の時代の詳細はタバコのオスマン帝国への伝来の項で述べる。1633年のイスタンブル大火の原因がタバコに帰されたことで、ムラト4世治世下では死刑に処されることさえあったが、この禁止は恒久的なものとはならなかった。1640年に皇帝が没した後は取り締まりが緩み、1649年にシェイフルイスラームに任じられたバハーイー・メフメト・エフェンディが「タバコは許される」とのファトワーを下したことで禁止は事実上撤廃され、タバコ栽培は急速に広まった。17世紀末にはオスマン領内で六種類の異なるタバコが栽培されており、これらの葉は今日東洋葉(オリエンタル)と呼ばれる系統の礎となった。

チュブクの嗜みの作法

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