パイプブランド
イタリア・パイプ製作の二つの流派:ペーザロとコモ
イタリアのブライヤーパイプ製作は20世紀後半、アドリア海沿岸のペーザロと、ミラノ北方のコモ〜ヴァレーゼ地域という、二つの異なる地域で成熟した。本項ではこの二つの流派の成立の経緯と、両者を分かつ点をまとめる。
イタリアのパイプ製作は、戦後に単一の中心地で発展したのではなく、数百キロメートル離れた二つの拠点で並行して成熟した。一つはアドリア海沿岸のペーザロ、もう一つはミラノ北方のコモ、カントゥ、クッチャーゴ、ヴァレーゼを含むロンバルディア地方の系譜である。
ブランド名の間の血縁関係を解きほぐすことは、多くの場合、どのブランドがこの二つの拠点のいずれに連なるかを知ることに帰着する。
ペーザロ:師から弟子へ
ペーザロでは1960年代から1970年代にかけて、互いに顔見知りの小さな工房が次々と生まれた。この地のブランドの多くは、これらの工房から独立した職人たちの手によって誕生している。この人脈の中心にいるのがジャンカルロ・グイーディである。グイーディはしばらくアマチュアとしてパイプを作った後、1972年にマストロ・デ・パーヤ工房を設立し、共同経営者ジャンニーノ・スパドーニと1981年に袂を分かって独立、翌年セル・ヤコポを創業した。グイーディのもとで育ったブルート・ソルディーニも1981年に彼とともに独立し、以後ドン・カルロスの名で知られるようになる。イル・チェッポを興したジョルジョ・インペラトーリは、ペーザロの最も早い時期からグイーディを知る人物であり、同ブランドの製作は1970年代末に始まった。リナルドやラナートラといった後発のブランドも、同じ人脈の延長線上にある。
この地方の作風は新古典主義的と評される。革新されるのは型そのものではなく比率である。ビリヤードやブルドッグといった定番の英国型は形として認識できる状態を保ちつつ、ボウルとシャンクの間の移行、姿勢、量感のバランスが手直しされる。カットの際にブライヤーの木目(グレイン)の向きに注意を払うことも、この地方に帰せられる習慣である。
コモの系譜:工場から工房へ
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出典:Pipedia(CC BY-SA ライセンスに基づき翻案)